心療内科関係者が小説を書いてみた。

 企画:あもう様 まとめ:杉浦 亜紀  -Psychosomatic Internal Medicine-
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初めに:当ブログについて
◆2020.9.17~

白露の候、穏やかな季節となってまいりました。
初めまして、当ブログの管理人、ヘタレ心療内科医の杉浦亜紀と申します。

当ブログでは、これから複数の作者に筆を取っていただく予定です。
まとめ人が杉浦で、当ブログを始めるキッカケとなったのは作者の一人、あもう様になります。

当ブログ発足の発端は、あもう様の下記ご企画です。

「心療内科の魅力を伝えるために、心療内科の医師・臨床心理師・関係者が、心療内科を舞台に小説を書いてみた。」


※最新話(2023.1.2):木崎喜代子の場合 Ⅷ


********************************

企画主旨:心療内科の魅力を伝える

・1人の共通した架空患者を設定
・作者は各々の治療者(医師、心理士、その他)を設定


患者さんがどのような経過を辿るかを、様々な視点から作品にします。
同じ設定の患者さんでも、治療者次第で多様な経過があることが心療内科の魅力と言えます。

【患者設定】
・49歳女性
・10年以上にわたる腰痛
・息子は引きこもり
・夫は遠方で単身赴任で、最近はなかなか帰ってこない


********************************

noteやエブリスタなど、作者個人の様々な媒体で上記テーマの小説を発表していただきつつ、こちらのブログで全ての作品をまとめて掲載します。
ご協力頂く仲間内でどこまで作品が集まってくれるかは未知数ですが、よろしくお願い致します。


| 杉浦 亜紀 | 著:杉浦(管理人) | 19:15 | comments(0) | trackbacks(0) |
木崎喜代子の場合 Ⅰ初診 <患者視点>
<当ブログ企画作品>
<こちらより転載>

 2時の予約まではまだ少しあった。旧型の二つ折り携帯を閉じたり開いたりしながら、喜代子は落ち着かない気持ちでいた。周りはスマートフォンを片手にゲームやネットに興じている。文庫本一冊も持ってこなかったことが悔やまれた。持ってきたところで、読む気になれたかどうかは別の話だ。
 喜代子は、まだ納得していなかった。

「心療内科、ですか」
 ついに自分は耳まで悪くしたのだろうか。整形外科の診察室で、彼女は医師に問い返した。地元で、この人ありと謳われている整形外科医だ。この先生なら、私の腰を治してくれると思っていたのに。通い始めて数ヶ月、彼女の腰痛はいまだに治る気配がない。
「痛みが長引く場合、ストレスの影響が考えられます。そういう方は、心療内科で治ることもある。一度、そちらの意見を聞いてみたらどうでしょう」
 医師は、喜代子の目を見てそう言った。今までの医師は、ここまで彼女に向き合ってはくれなかった。
「……先生は、それがいいと思いますか?」
 尋ねたいことは山ほどあった。けれど、どれも不躾に聞こえそうで、結局口に出せたのはこの一言だった。
「私が木崎さんなら、相談に行きます」
 その答えに背中を押されて、喜代子は今、診察室の前にいる。

 心療内科。
 嫌な響きだ。正太郎を受診させようと、何度も調べたことがあった。「精神科」は嫌だろうから、「心療内科」に相談に行こうと思った。けれど、それすら息子は拒んだ。
「僕が、おかしいと思ってるんだろう」
 そうじゃない。そんなことは思っていない。ただ、部屋から出てこられない彼を助けたかった。それだけだったのに。
 その「おかしい人が行く科」の前に、自分が座っているのは本当に滑稽だ。そもそも腰が痛くて病院にかかったはずなのに、ここに辿りついたのはどういう理屈なのかいまだにはっきりしない。
 それでも来た理由はひとつだ。この言い様のない痛みを治したかった。この扉の向こうの医者は、果たしてそれが出来る医者だろうか。
 診察室には『心療内科・三野原麦』と掲示されている。男性か女性かも判然としない。
「木崎さーん」
 がらりと診察室の引き戸が開き、間延びした声とともに医者自身が顔を覗かせた。あまりに予想外なその容姿に、返事をするのが一拍遅れた。180を優に越えるがっしりとした白衣の男が、そこには立っていた。前髪は目線ぎりぎりまで長く、一歩間違えば清潔感に欠ける出で立ちだったが、不思議と不快には感じなかった。
「お待たせしました、どうぞ」
 穏やかな物腰で、三野原は入室を促した。戸口で立ったまま喜代子を招き入れると、彼女が座るのを見届けて彼も着席した。
「はじめまして、心療内科の三野原です。よろしくお願いします」
「あ……木崎です」
「待っている間、大丈夫でしたか?」
 唐突に尋ねられ、喜代子は返答に窮した。
「……何がですか?」
「腰。痛みませんでしたか?」
 どうやら彼女の腰を労わっての台詞だと、ようやく思い至った。
「ええ、大丈夫です」
 それは半分本当で、半分が嘘だった。腰はずっと痛んでいる。けれど、痛むことが日常になってしまった彼女にとって、「大丈夫」以外の返事は用意できない。
「診察中、つらくなったら教えてくださいね」
 わかりました、と返しながら、喜代子はいつもの受診と何だか様相が違うのを感じていた。それがこの医者の牧歌的な口調のせいなのか、心療内科という科のせいかはわからない。とにかく、いつもの診察とはペースが違うことだけはわかった。
「整形外科からのお手紙と、あちらで撮ったMRIも拝見しています。ですが、痛まれてからの流れをまた聞かせてもらってもいいですか」
「構いません……あの」
「はい?」
「ご迷惑かもしれませんが、痛みはじめてから今までの記録をまとめてきました」
 喜代子は、用意してきた封筒を取り出した。これは何件目かの整形外科で思いついたことだ。

『もう、結構です』
 その医者は、あからさまに苛立った様子で喜代子の話を遮った。数年にわたる痛みだ。確かに喜代子も要領よく話せなかったが、大事なことだと話し続けてしまった。その後のことは、恥ずかしさであまり憶えていない。
 ただあの医者は、一度も喜代子の顔を見なかった。
 同じことを繰り返すまいと彼女は今までの受診歴を便箋にまとめた。書き出すとそれはびっしり3枚にもなり、それはそれで渡すことをためらう分量になった。が、ちゃんと伝わらないよりはいいと持参するようになった。
 実際、これを渡すときの医者の反応もさまざまだ。受付で差し出すこともあったが、医者がろくに読んでいないこともあった。それで直接渡すようにしたら、受け取ってはくれるが大概の医者は面食らった顔をした。それはそうだろう。本当は喜代子だってこんなことはしたくない。
 こんなことになる前に、治りたかった。

 果たして病歴をしたためた便箋を前に、三野原は笑顔になった。
「あ、有難うございますー」
 助かります、先に拝見しますねーと言うと、黙々と読み始めた。自分で渡しておきながら、今までにない展開に若干落ち着かない気分になった。しばらくして顔を上げた彼は、喜代子の顔を見つめ、開口一番こう言った。
「長い間、大変でしたね」
 咄嗟に返事が出来なかった。三野原は痛みのことを言っている。けれど、その言葉は喜代子のこころの奥をざわつかせた。
 そうなんです、先生。大変だったんです。
「これを踏まえて、今までのお話を聞かせてください」
 少し身を乗り出し、三野原は彼女に促した。

 喜代子の腰は、痛みはじめて10年になる。喜代子の母が亡くなった、その葬儀の夜から痛み出した。すぐに治るだろうと市販の湿布薬で様子を見ていたが、3ヶ月後激痛で立てなくなった。家には誰もおらず、這うようにたどり着いた整形外科では「ぎっくり腰」だと診断を受けた。レントゲンを撮りはしたものの骨に明らかな異常はなく、数日分の痛み止めとともに帰宅した。家事も満足にできる状態ではなかったが、休むことも出来なかった。正太郎の高校受験が来月に控えていた。痛みをこらえ何とか受験は終えたが、 喜代子の腰痛はそれ以降おさまることはなかった。

「どんな痛みですか?」
 パソコンの画面から顔を上げ、三野原は尋ねた。
「どんな?」
「具体的に教えてもらいたいんです。ズキズキとか、ずーんとか、突き刺すように痛いとか」
「あの、ズキッが一番近いです」
「動くと痛い?」
「動き出すときと、じっとしている時間が長くなると痛み出します。朝起きた時が一番つらいです」
「マシになる時間はありますか?」
「……ありません」
 喜代子は首を振った。
「だとすると、なおのことつらいですね。今も痛い?」
「はい」
「まったく痛くないのを0として、もう耐えられない痛みを10としましょう。今、木崎さんの痛みはどれくらいですか?」
「どうでしょう……5か、6くらいだと思います」
「それは1日中5か、6?」
「朝は8くらいだと思います」
「それくらい痛みながら、日々生活するのは大変なんじゃないですか?」
「……私、家事くらいからしていませんから」
 何となく居心地の悪さを感じ、視線を落とす。膝の上で握った手の甲は、知らないうちにずいぶんシミが増えていた。
「今までのかかられた病院は……こちらに書いてあるから大丈夫ですね。ご病気のことに関係するかもしれないので、ご家族のことをお伺いしてもいいですか?」
 今はどなたと一緒にお暮らしですか、と三野原は言葉を重ねた。
「息子と、夫です」
「それぞれおいくつですか?」
「息子は24歳です。夫は……55か、6です」
「ご家族の中で、なにか困っていることはありませんか?」
 今度こそ、本当に言葉に詰まった。正太郎のことを「困っている」と言ってしまったが最後、それが事実として固定されてしまいそうで、口にすることが躊躇われた。
「……夫が長く単身赴任で、家に私しかいません」
 代わりに夫のことが口から滑り出た。
「長く、というのは痛み出してからですか?」
「痛みはじめる前からです。子どもは小さいうちは週末に帰ってきましたが、最近はお盆とお正月に帰ってくるくらいです」
「そうですか……息子さんも、あまり家のことは手伝ってはくれない?」
「……ええ、男の子ですから」
 仔細は言えないまま、話は流れていった。その後、三野原に職歴を尋ねられた。
「短大を出て、そこから数年事務をしました。22歳で結婚してからは専業主婦です」
「学生時代を振り返って、特にこれがつらかったというようなことは?」
「ありません。学校は、どれも楽しかったです」
「わかりました……さて」
 打ち込んでいた電子カルテから喜代子の方に向き直ると、三野原は「今から診察をします」と宣言した。

「え?」
「は?」
「診察、するんですか?」
「あ、大丈夫ですよ。ちゃんと女性の看護師が同席します」
 喜代子の反応に何を勘違いしたのか、三野原は看護師を呼ぼうと立ち上がった。てっきり話をするだけだと思っていた喜代子は、驚いて呼び止めた。
「あの、すみません。心療内科と聞いていたので……」
 そこでようやく三野原は合点がいったようだった。席に戻ると、噛んで含めるように説明をはじめた。
「街中で、『心療内科』と看板を掲げているクリニックはたくさんあると思います。あのクリニックの9割以上は、精神科を専門にしている先生が診療をされています。ただ、稀に僕のように内科を専門的に勉強してきて、身体とこころを両方診る医者がいます。ですので、今から内科診察をさせてもらいます」
 よろしいでしょうかという三野原の確認に、否やはなかった。頷く喜代子を見て、改めて看護師を呼ぶために彼は席を立った。
 そこからの診察は、喜代子の予想を越えていた。目元から始まり、眼の動き、舌、喉と診察し、胸部の聴診、脈拍、血圧測定と続いた。不思議だったのが喜代子の舌を見た後、
「めちゃくちゃ肩凝っていませんか?」
 と背中に回り込み、首筋の緊張を確かめるように触れた。
「凝っているかもしれません……あまり気にしていませんでしたが」
「頭が痛かったり、眩暈がしたりしていませんか?」
「あります」
 あるだろうな、こりゃと呟くとそのまま腰の診察に移った。
「痛みに左右差はありますか?」
「どちらかというと、左の方が痛みます」
「脚が痺れたりはない?」
「今は少なくとも痺れていません」
「下半身が冷えませんか?」
「昔から冷え性です」
「今から腰を診ます。少し押すので、痛みが強くなったら言ってください」
 三野原は喜代子の反応をみつつ右腰から診察をはじめ、次いで左腰に移った。
「っ痛……」
 何処かははっきりしないが、ある一点を押されたところで痛みが強くなった。いつもの慣れた痛みだ。失礼と詫び、三野原はそこで腰の診察を止めた。
「難しければ結構ですが、診察台に横になれますか?」
 正直、横になるのは立ち上がる時のことを思うと億劫だったが、三野原と看護師の優しい圧にそのまま従うことにした。
 診察台に仰向けになると、まず三野原は腹部に聴診器を当て、その後ゆっくり押し始めた。
「便秘気味ですか?」
 見事に言い当てられ、喜代子は口ごもる。臍の左横辺りを押されたところも、強く痛んだ。
「お疲れ様でした。もう起きていただいて結構ですよ」
 看護師に手を貸してもらい、何とか起き上がる。ひと通り診察を終えた三野原は、服を整えて席に戻った喜代子に一枚のシートを差し出した。
「今診させていただいた所見を、カルテにまとめます。その間にひとつ、心理検査をお願いします」
 喜代子よりいくつか年かさの看護師が、穏やかな声音で心理検査の説明をしてくれた。
「誰でも痛みが続くと、気持ちが落ち込むでしょう? それでどれくらい貴方が困っているか教えて欲しいの」
 『気分が沈んで憂うつだ』から始まる質問紙に、視線を落とす。
 そういえば、こうして私の気持ちを気にしてもらったのはいつ以来だろう。それが思い出せないくらい前だということに気づいて、胸が詰まった。喜代子が回答を埋め終わる頃には三野原もカルテを書き上げ、今度は受け取った質問紙に目を通しはじめた。手際よく採点を終えると、彼は喜代子に向き直った。
「お疲れさまでした。では、木崎さんのお身体に何が起こっているか、説明させてもらいますね」
 まるで謎解きをはじめる探偵のような風情で、三野原は話し始めた。

「まず、木崎さんの腰ですが、骨や神経に大きな異常はありません。それは、今までの整形外科の先生方からも説明があったかと思います。けれど、CTやMRIで異常が見られなくても『痛み』を感じることはあり得ます。それで、身体を診察させてもらうとあちこちが緊張しているのがわかりました。木崎さんのおっしゃる痛みの性状や診察から、痛みは『筋・筋膜性疼痛』であると考えます」
 木崎は1枚のコピー用紙を取り出すと、のびのびとした文字で「筋・筋膜性疼痛」と書いた。
「筋肉の痛みはよほど出血でもしない限り、写真ではわかりません。けれど実際、押すと痛む。僕が押したときの痛みは、いつもの腰痛と同じでしたか?」
「ええ、あんな感じです」
「10年前、木崎さんはぎっくり腰と診断されています。これも『筋・筋膜性疼痛』による腰痛です。けれど、通常ひと月もすれば改善する痛みが今に至るまで持続しています」
 そう、だから喜代子は今ここにいる。心療内科まで来てしまった。
「もうひとつ、お伝えしたいことがあります。痛みが3ヶ月以上続くことを『慢性疼痛』と言います。痛みが何ヶ月も続いた場合、痛みの原因となっていた炎症が治った後も、脳が痛みを覚えてしまうことがある。こうなると、いくら普通の鎮痛剤を内服しても、症状は軽くなりません」
 痛み止めも、たくさん飲んだ。けれど痛みはあまり良くならず、胃の具合を損ねるばかりで、結局長くは飲めなかった。それでも、痛みがつらくなる日は飲まずにはいられない日もある。
「今まで、痛み止めとして抗うつ薬を勧められたことはありませんか?」
 こういった名前です、と三野原が挙げた薬剤名に聞き覚えがあった。心療内科を勧めた医師が、処方しようかと提案してくれた。結局、心療内科に受診することで「餅は餅屋に任せよう」とその医師は処方しなかった。
「抗うつ薬は、脳が憶えてしまった痛みを和らげる効果があります。まだ試しておられないのであれば、使ってみる価値があります」
 先ほどの紙に「治療法:①痛みを和らげる目的で、抗うつ剤」と書き込む。
「身体のことでもうひとつ気になるのは、首や肩も相当凝っています。痛みをずっと堪えていると、身体の他の部分が緊張してくることもあります。マッサージや整体のようなものにいかれたことは?」
「ありません……こんなこと言ってはおかしいかもしれませんが、あまり知らない人に身体を触れられるのはよけい緊張するので」
「そうですか。じゃあ、リラクゼーションをするとしても、ご自身のできるストレッチの方がよさそうですね」
 三野原は「②:リラクゼーション(ストレッチ中心)」と書き加えた。
「次に、心理検査の結果です。これはSDSと言って、気持ちの落ち込みをみる検査です。木崎さんの結果は56点で、かなり心理的に負担を感じています。落ち込みが強くなると痛みを強く感じる傾向があって、そういう意味でも気持ちの面でサポートが必要です。先ほど挙げた抗うつ薬はこちらにも効くと思います。ただ結果として、いくつか気になります」

 三野原は、読みやすいように質問紙を喜代子の方に向けた。
「先ほど痛みの程度をお尋ねした時に、10段階で5か6の痛みがあると話されました。それでも家事をされているわけですよね」
「……はい」
 次に来る言葉に、思わず身構えた。かつて他の医者から言われたことがあった。3度目の受診で、痛みがまだ続いていることを伝えた喜代子に、彼は言った。「家のことが出来てるんだったら、大して痛くないんじゃないの?」「痛いとか、気にしすぎなんじゃない?」あまりのことに、喜代子は返事が出来なかった。
「それだけ痛い中家事をしているのに、木崎さんは『自分は役に立たない』と感じておられる……痛いとき、どうやってやり過ごしているんですか?」
「え?」
「家事しているときじゃなくても、痛むでしょう?」
「堪えるしかありません……」
「我慢している?」
「はい」
「では、よけいに体に力も入って痛みが続くでしょうね」
 そんなこと、考えたこともなかった。三野原は筋・筋膜性疼痛から矢印を引き、『我慢する→緊張する』と書き加え、さらにそこから矢印を引いて筋・筋膜性疼痛へ戻した。
「これ、悪循環してるの、わかります?」
「わかります……」
「我慢する以外の方法を、考えましょう」
 三野原は「③:我慢する以外に痛みの対処法を考える」と更に書き加えた。
「どうして、『役に立たない』と感じるんですか?」
「え?」
「これだけ頑張っているのに」
 唐突な質問に胸を突かれる思いがした。長い前髪で、三野原の表情ははっきりうかがえない。それでも、喜代子を責める気配は微塵もなかった。
 長い沈黙が落ちた。答えはわかっていた。でも、それを口に出すことは出来なかった。
「…………わかりません」
 ようやく絞り出した声は、喜代子の視線とともに床に落ちた。三野原もそれ以上、深追いはしてこなかった。
 ひとまず、治療法は抗うつ薬1種類の内服ということになった。内服上の注意点をいくつか説明し、治療法の②、③を示しながら、三野原は喜代子に尋ねた。
「お好きなことは、何ですか?」
今度は答えがわからなかった。戸惑った喜代子の様子を見て、今度ははっきり微笑んでいるとわかる口調で三野原は切り出した。
「せっかくそれだけ頑張っているんですから、何かご褒美を上げてください」
 それは次回までの宿題にしましょう。彼がそう告げて、診察は終わった。
次回の診察は、薬の効果をみるために2週間後ということになった。


<続く>
次のお話


| あもう | 著:あもう | 00:05 | comments(0) | trackbacks(0) |
Gさんの場合<完結>
<当ブログ企画作品>

 電子カルテに「受付済」が表示された。来ないかもしれない、と思っていた患者さんが遅れて来たらしい。ちょうど外来終了間際でお昼ご飯、と気が抜けていたので、いやいや、まだまだ、と気合いを入れ直した。

 前回初めて会った腰痛の患者さんだ。「腰が痛いのにどうして心療内科を紹介されたのかよくわからない」と言っていたので、一応再診を今日に予約したが、来ない可能性も十分あると思っていた。
 色んな検査をしても原因がわからず、普通の治療でなかなか治らない腰痛の患者さんはときに、こうして心療内科に紹介される。紹介する先生もよくわからないまま、「何となくメンタルの問題っぽい」と思っていることが多い。「気の問題」とでも言うのだろうか。
 それはよくある誤解だから仕方ない。心療内科で診るべき「心身症」は正確には、気の問題でなく「心身相関」なのだという話を前回はしたが、どれだけわかってもらえたかは怪しかった。

 患者さん――49歳女性のGさん。10年以上しつこい腰痛に悩まされているとのこと。
 予約時間に遅れてきたGさんは、開口一番、すみません、と平に頭を下げてしまった。
「先生、こんな遅れてごめんなさい。もう情けないんやけど、息子が突然職安行くなんて言い出すもんやから、久しぶりに車乗ったら腰の痛みが凄くひどなって……」

 うむ、職安ですと? そういえばこの方の息子さんは引きこもりで、旦那さんは長い間単身赴任に出ていると、初診のインテークシートにはあった。
 午前半ばの予約時間に間に合わなかったなら、職安に行く息子さんの送迎を車でしたということか。気になるところだが、まずは主訴である腰痛についての確認をしなければ。

「痛みが酷くなったんですか? 車に乗ったことと何か関係はありそう?」
「ええもう、私、昔から車、嫌いなんですよ。それでも腰が痛なるまでは乗ってたけど、あれ、緊張しますやん? そう言えば車のせいで元々、腰、痛なったんかなあって」
「車のせい? 最初に痛くなった時は、ってことですか?」
「そうそう。この間先生にあった時、『心身症っていうのは生活習慣病みたいなものですよ』言うてはったから、ああ、ひょっとしたらこれのことかなあって思って……」

 Gさんは腰痛が起こってから、色んな検査を既に受けてきている。それを見る限りでは明らかな異常はなく、痛み止めの薬も何も効かない。だから「気の問題では」と、色んな医師に言われてきたのだ。
 とはいえ、いきなり、「そうですね、車のせいです!」と鵜呑みにするわけにもいかない。
 ここで大事なのはきっと、Gさんが前回の言葉――「心身症は生活習慣病?」を意識に留めておいてくれたことだ。わかりやすくしようと思って言ったことだが、嘘ではない。それを覚えていてくれたということは、何か腑に落ちる部分があったのかもしれない。

「なるほど、少なくとも、車に乗って腰の筋肉が緊張すると、腰痛は悪くなるんですね。だったら今日は、かなりお辛いんじゃないですか?」
「ええもう! この間もらったお薬も飲んでるけど、正直、全然効いてなくて……」
「それじゃ、もっと他に、最初に腰が痛くなった時のことって、覚えてることあります?」

 なまじ最後の時間だったので気楽だった。本当はあまり良くないことだが、少し時間を延長して話をゆっくり聴こう。その空気が伝わったか、Gさんも細かいことを喋り出した。
「あの頃も確か、息子の送り迎えをしてたんですよ。結局辞めちゃったけど、ブラックな会社やったから、終電逃がすことも多くって。でも私がこんな腰痛んなって、送り迎えができなくなってから、息子が仕事を辞めてしもうて……」
「それってずっと、Gさんが送り迎えをしてはったんですか?」
「だって主人も忙しいんやもん。今ではもう家にすらおらんし、私しかおらんでしょ」
「そっか、それはプレッシャーですね。車がないと不便な家にお住まいなんですね」
「そうなんよ。そもそも台所も使い難いし無駄に広いし、庭の手入れも大変やしで。息子も私に似て運転が苦手で、もっと仕事も多い便利な所、引越したいて言うてた矢先に主人が単身赴任でしょ? 私も息子も、お先真っ暗や、ってなってしもて」
「ご主人さんが帰ってこないと、引越しは難しいんですか?」
「あの人偏屈で、部屋の物さわるとすぐに怒るねん。片付けに帰ってくる余裕もないし、働いてないもんは文句言うなって、私にも息子にもしょっちゅう言うてるし」

 ふうむ。それは辛そうだな、と思いつつ、腰痛のことに話題を戻す。

「お先真っ暗や。と、腰の痛みって、大きく関係してます?」
「当たり前やん。あの家にいる限り息子もよう仕事行かんし、今日みたいなことがあれば私もまた車乗らなあかんし。本当ね、車乗ると、腰が痛なりますねん。今日、久しぶりに乗って思い出したわ」
「そうなんですね。車以外には、腰痛の心当たり、何かありますか?」
「それがね、今まで何回も聞かれたけど、車乗らなくなってからも痛みひどくて。検査も異常はないて言うし、ほんまに痛いん? って、何度も聞かれました」

 ちょっと砕けかけていたGさんの口調が元に戻った。どうやら嫌なことを思い出させてしまったらしい。
「それでGさんは、『生活習慣病みたいなもの』、それを思い出してくれたんですね」
 初回のGさんはずっと腰痛の原因を気にしていた。今も多分そうなのだろう。
「そうやねん。あの家でずっと生活してたら、ひょっとしたら、治らんのちゃうかなって」
 その台詞にはきっと、色々に複雑な思いがある。「気の問題」と言われた過去が辛かったことは確かだろうが、「あの家で」という点に、Gさんの心が引っかかり続けていることも自覚はあるのだろう。

 前回、Gさんに説明した病態仮説は、なるべくわかりやすくするように考えて伝えた。
「『心身症』というのはですね。たとえばGさんが腰を傷め易い、腰に弱点のある体質なら、長年の生活上の負担が許容量を越えた時、負荷が腰の痛みとして現れた『生活習慣病』の可能性があるんですよ」
「え? 原因は腰にあるんと違うんですか?」
「姿勢とか筋肉の付き方とか、筋肉の緊張しやすさとか日頃多い動作とか、色んなことが影響するので、どれが原因とはなかなか言えないんですけどね。『痛い』と腰が言っている以上、Gさんの生活上で腰が悲鳴をあげてるのは確かですから。どんな時に悪くなるとか良くなるとかを探して、腰との付き合い方を一緒に考えていきませんか?」

 うちの科は「心身症」を診るところです。そう言われたら多くの人は「メンタルに問題がある」と捉えることが多い。Gさんも不思議そうにしていたが、「心身症」が何か詳しくわかってもらうことより、治療のイメージをいかに伝えるかを工夫した説明だった。

 実際、「あの家」とGさんの腰痛に、直接的な関係はあると言えるのだろうか。不便とか勝手が悪いとか、無関係とは言えそうにない。
 しかし「あの家が原因です」と言われたら、Gさんは納得するのだろうか。それは、「あの家で生活してたら治らんのちゃうかなって」と感じているGさんには、残酷な言葉でもある。何か辛い症状がある時、原因が気になるのは最もな話だが、世の中、原因がわかれば必ず治るというものでもない。対処法を探すために、原因の解明が有用なことは多々あるが、解決できない原因があるとしたら、明らかにするのも微妙なところになる。

 だからその原因を見極めるのは、特別心療内科医の仕事ではなかった。Gさんが望んでいるのは、腰痛を何とかしたいという現状打開策なのだから。
「Gさん。車以外にも、腰痛のせいでできないことって、何があります?」
「え? そんなん、とにかく痛いのが嫌ですねん。先生は腰痛、なったことありません?」
 言う通り、痛みそのものが不快なことは当たり前だ。ただ、痛みだけに着目した治療は、これまで効果を発揮していない。それなら違うアプローチが必要になってくる。
「ではこれまで、痛くても何とか生活してこられてきて、できないことはそんなに、実はなかったりします?」
「そうやねぇ、確かに、車くらいかもしれへん……でも、腰痛になってから旅行も行ってへんし、家事も毎日死にそうなんですよ、先生」
「腰が痛いのに家事はさぼってないんですか? Gさん、凄くないです?」
「当たり前やん、専業主婦なんやから。先生もしんどくても仕事するやろ? 同じやで」

 なるほど、Gさんは非常に真面目な性質らしい。普通、それだけ腰が痛ければ、少しは手抜きをするものではないだろうか。体をかばう発想があってもいいようなものだ。
 そんな話を聞くと、「痛いのに頑張ってしまう生活習慣病」と、喉元まで出かけてしまう。

 でもGさんの診察はまだ二回目だ。焦って大きなことを言うと信頼を失くしかねない。
「そっか、それがGさんの『当たり前』なんですね。わかる気がするけど、でもGさん、いっぺん、『当たり前』のことを何か一つ、さぼってみるようにしてみませんか?」
「え? どういうこと?」
「生活習慣って、沢山の『当たり前』で成り立ってるでしょ。それで病気になったなら、糖尿病なら糖分、高血圧なら塩分を減らすのと一緒で、『当たり前』をちょっと変えてみた方がいいことも多いんですよ。Gさんは何か、さぼれそうなことはあります?」
「えええ? ……さぼれそうなこと、ねえ……」
「あ、別に今すぐ決めなくていいですから、思い付いたら実行してみてください。それと、前回は筋肉を和らげるお薬を使ってみたけど、全然効いてないなら今回は漢方薬を使ってみましょうか。前のお薬はやめていいです。うーん、Gさんは、冷え症はありますか……?」

 そんなこんなで、その日は「さぼることを考える」宿題と、漢方薬の処方で終わった。
 漢方薬は今まで何度も飲んだけど、と言っていた。効かないからすぐにやめてしまったと言うので、今回は、物凄くまずくなければしばらく続けて下さい、とお願いした。
 何しろ、10年物の腰の痛みだ。腰だけに、じっくり腰を据えて取りかからなければ、と言うと最後には笑ってくれた。笑うとかなり美人な方でないか、と改めて気が付いた。

 Gさんの次の診察は午前の初めの方だった。普通の予約は十分診療だから、次回診察はゆっくりできないけど御免ね、とは予約時に言ってあった。
「先生、漢方、ちょっと驚いたわ。痛みは全然変わってへんけど、足の冷えはちょっと、ましになったんです」
「あ、そうですか? それやったら、Gさんの体質に合ってるんかも。もうちょっと内服続けてみてもらっていいですか?」
「わかったわ。他には新しい薬はないん?」
「考えますけど、この間言ってた、『当たり前を一つさぼる』は、何か思いつきました?」

 ああ、とGさんが軽く笑った。まだ空調の行き渡っていない肌寒い部屋が、少し暖かくなったような気がした。
「とりあえず今は、運転やめようかな、って。もうずっとほとんど乗ってなかったしね。でも私が送り迎えしたらんと、息子がよう職安も行かんのよね……」
「なるほど、それも辛いですね。でも、今は息子さんのことよりも、Gさんの腰のことを労わってほしいと思いますね」
「うん、だから私も、はよ就職しろって、言うのやめてん。私が運転さぼるんやったら、息子にも大きなことは言えへんし」

 そのあたりは家庭ごとの難しい問題だろう。迂闊に否定も肯定もできない。それより、すでに「久しぶり」というほどやめていた運転をさぼるだけでは、負荷の軽減としては、少し心許なかった。
「そっか、早速一つ見つけてさぼってくれて良かった。その調子で他にもさぼれること、もっと探してみてください」
「まだ他にもさぼるんですか? でも家事さぼったら、後で困るの結局私なんやけど」
「困るって、どんなことが困ります?」
「だって置いといたって、どの道やらなあかんやん。誰も代わりにはやってくれへんし」
「それでしたら、困らないように、新たな生活システムの構築をお勧めします。食洗機を買うとかルンバを放すとか、乾燥機を使うとか、この機に色々変えちゃいません?」

 真面目なGさんはきっと、どれも手作業だと勝手に思い込んでの提案だ。一応当たっていたようで、ううん、と少し考え込まれた。
「でもそんなんしたら、無駄遣いやさぼり過ぎにならへん? 主婦やのに」
「旦那さんとか怒っちゃいます? いない間にこっそり、じゃ駄目です?」
「先生、気楽ですねえ。考えてはみるけど、あんまりないと思うわ。あの家自体がもう、不便の塊やからね……」
 その日は結局、新しい薬は追加せずに終わった。漢方はゆっくり効いてくることもあると言うと、本当はあまり薬が好きでないから、増やしたくないとGさんが教えてくれた。

 毎回、そんな調子だった。腰はまだ痛い。とGさんにぶちぶち言われながら、漢方薬を変えたり、Gさんがなるべく腰を労わり、強くしていける生活を一緒に考えたりした。
 Gさんの話題は家でのことが多くなり、腰のことは言わない日も増えた。勿論聞けば痛いと返ってくるが、滅多に帰ってこない夫への愚痴、引きこもっている息子への心配などをいつしか話してくれるようになった。ただ、外来の十分は短く、いつももっと話したそうにしながら帰られていく。そんな通院が二年ほど続いた日のことだった。

 その日は珍しく、Gさんが「最後の時間の予約にしてほしい」と言った日だった。
 何だろう。と思っていたら、もうすっかり慣れた風のGさんが、家族を連れて診察室に入ってきたのだった。
「先生、ごめん。今日は息子と主人に、私の腰のこと、説明してほしいねん」
 単身赴任中の夫と、引きこもりの息子。その二人が、Gさんのために付き添ってきた。これはこれは、と気を引き締め、お昼ご飯を求めて鳴るお腹を封印する。
「腰のこと。『生活習慣病』だって、お二人に話しても大丈夫ですか?」
 最早Gさんとの合い言葉は、すっかりそれ――「生活習慣病」になっていた。それでも一応確認すると、Gさんは笑顔で頷いてくれた。

 説明を始める前に、夫の方から質問があった。
「『生活習慣病』いうことは、住んでる環境が悪いいうことですか、先生」
「住んでる環境、というと?」
「家内はもうずっと、引越ししたい、って言うてまんねん。でも私も忙しいし、さすがにそろそろ単身赴任は終わらせたいけど、うちは先祖から代々継いだ家やし……」

 この方は誠実だろう、と少し安心する。気にされているだろうことを先に尋ねてくれた。やはり説明をするなら、相手が気になっていることから始めるのが一番効率がいい。でもあれからずっと、腰痛の原因について、Gさんに何も断言していない。Gさんには「生活習慣病」という合い言葉がそのまま気に入ってもらえたので、家そのものについては深入りしない診察を続けてきていた。
「そうですね、それはそれで難しい問題なので、ご家族間でよく話し合っていただくのが良いかと思います。でもGさんの腰痛は、頑張り過ぎるGさんの習慣が祟った病じゃないかって、Gさんとはよくお話ししているんですよ――」

 夫は少し安堵したように、息子は納得したような顔で説明を聞いていた。
 Gさんが家での負荷を減らし始めてから、息子は少し、自分のことを自分でするようになったらしい。就職について煩く言うのをやめたから、とGさんがこっそり言っていた。
 自分もさぼっているしと、息子の就職について思い煩うことをGさんが減らすと、夫が今度は家族を心配し始めた。それで今日の来訪につながったらしい。
「子供のためにも、引越した方がいいのはわかってまんねん。でも私も大変で……」
「お父さんの単身赴任も、長そうですもんね。お父さんの心配はごもっともなんですが、今はお父さんも含めて、ご自身の心配をして生活する時期なんじゃないか、と思いますよ」

 Gさんもきっと、葛藤している。夫に無理をさせてまで、引越しの強行はできないのだ。引越しも下宿も援助できないなら、息子に通勤の負荷をかけるのも辛いのだろう。
 簡単に解決できない環境は何処にでもある。そのひずみがどんな形で出るか、それは、人それぞれとしか言えない。誰かを悪者にしても、なかなか実際の問題は解決しない。
 腰は変わらないと言いつつ、Gさんは通院を続けている。卒業できたら言うことはなく、家族が各々の本音を少しでも共有できた今回が、その一歩になることを小さく願った。

 いつの間にかGさんの病名は、「腰痛症(心身症)」「更年期障害」になっていた。今では二つ目の方が困ると訴えるGさんに、今日も十分の外来が続く。


-了-



| 杉浦 亜紀 | 著:杉浦(管理人) | 17:45 | comments(0) | trackbacks(0) |